風が、吹いた
―女というものは、感情移入というやつが得意で嫌になる。
自分の娘ながら、少し苛立ちつつも、抑える。
「どこのどいつか、わからんだろう。」
ありきたり、それでいてよくある答えを口にした。
そうですか、とぽつり、相変わらず目線を合わすことなく彼女は頷いた。
「…もう、行く」
杖をついて、それに寄っかかるようにして立ち上がる。
「はい…」
やはり小さな声で、彼女は返事をした。
真紀子は昔から一度として、親に歯向かったことがなかった。
優秀で、期待に応え続けた。
引っ込み思案で社交性には欠けるが、その美貌は母親譲りで、どこに連れて行っても人々の目を惹いた。
先日までパリに居たようだが、孝一の一報を受け、直ぐに帰国して毎日病室に通っている。
「あの女に挨拶してから行くとしよう。」
このフロアに一個しかない病室を出て、老人は呟く。
荷物を持ちながら外で待っていた秘書が、はいと返事をした。
森明日香が女の家を訪ねたのを確認してから、暫く泳がせてやっていたのだ。
今日来ることは報告から知っている。
そして、これから終止符を打ちに行く。
帽子をかぶりながら、志井名は歩き出した。
コツ…コツ。
ゆっくりと。