風が、吹いた
お互いでお互いに早く頷いてくれと願いながら、無言の睨み合いが続く。
そこへ―
「倉本、千晶さん」
目の前の受付の人が、あ。という顔をしたのを、私は見逃さなかった。
「こちらへ我々と一緒に来ていただけませんか?」
訝しげに振り返る私を、ストライプの入ったグレーのスーツを着た男性が、無表情で見下ろしていた。
逡巡していると、突然私の腕をがしりと掴んで有無を言わせぬ様子で引っ張っていくので、小走りすることになる。
「あのっ、ちょっ…まっ」
誰かに助けを求められないかと咄嗟に周囲を見渡すが、誰とも目線が合わない。
先ほどまで耳を大きくさせていた人たちが、今度は我関せずの雰囲気を醸し出していた。
受付に至っては、安堵の表情さえ、浮かべている。