風が、吹いた
いつもの心地よい速度よりやや緊張するスピードで、自転車を漕ぎながら。
「好きな奴」
という言葉を思い出す。
ーそんなの。
あるわけない。なんの魅力も憧れも感じない。あるのはただの嫌悪感。
誰かのために、自分の心を焦がして、何もかも捨てて行った私の母親。
母を愛した筈なのに、何かに心を奪われて、私も母も置いていった父親。
誰かを好きになることで、人は弱くなる。
そんな感情は必要なの?
「私には、要らない」
少し乱れた呼吸の間に口から零れた言葉。
本日の人間観察は終了。
椎名先輩がどんな人かも、大体わかった。
私が知らないところで、彼は私を知ったで、正解だと結論付ける。
私は、先輩を知らない。
この先も知らなくていい。
いつもは綺麗に感じる夕焼けが、やけに色褪せて見えた。