風が、吹いた
走り出す車に私は叫ぶ。
「あの人はっ!あなたのモノじゃ、ない!!!」
その声は、この駐車場に虚しく響く。
出口に向かおうとゆっくりカーブする真っ黒な車。
その後部座席に乗る男は、私の声に一度も反応することなく。無論、見ることも無く。
どうしようもない空虚な気持ちが、じわじわと染み出してくる。
「逢えない…」
なす術なく、その場に尻餅をついたまま、呟く。
あなたに、逢えない。
両手で顔を覆った。
どうすればいいのかわからない。
私は文字通り、途方に暮れる。
そこに―
ブロロン
以前に、一度だけ聞いたことがある、あまり好きでないエンジン音がして、俯いていた顔を思わず上げた。
「…え?」
ロールスロイスの行く手を、何かが阻んでいる。
余りにも驚き過ぎて、一度では把握しがたい光景に、
目をしっかりと擦って涙を拭うと、もう一度同じ方向に目を向けた。
一方通行の道を、逆走する形で入ってきたフォルムの美しすぎる白い怪物。
それが黒く光る車に対面するように停止している。
それこそ、鼻と鼻がくっつきそうな程間近で。