風が、吹いた
「あの女の言うとおりにしてやれ」
やがて、長い溜め息と共に命令を下す。
「…しかし―」
躊躇う男に見向きもせずに車に乗り込む老人は。
「やれ」
短い言葉を残して、面倒臭そうにドアを閉めた。
運転手が慌てて自分も乗り込み、指令を受けた男を残して発車する。
黒塗りのロールスロイスは、思い切りバックして入り口に向かったかと思うと、あっという間に消えた。
ぽかんと口を開けて立ち尽くしていた男も、はっとしたように我に返ると、言われたことを実行しに、慌てて病院の方へと走っていった。
同じように一部始終を唖然とした様子で見ていた私も、駆け寄ってくる吉井によってはっとする。
「くらもっちゃん!やったね!って言いたいところだけど。ひとつだけその前に言わせて。」
コホン、咳払いをして吉井が私を見据える。
「引越し先くらい教えとけ!この馬鹿!!!!!!!!!」
耳がキーンとした。
座り込んでいる私の周りに、あとの2人も歩み寄る。
「ほんと、加賀美サン、だっけ。いなかったら俺らじゃどうしようもなかったんだぜ?」
浅尾も、肩を竦めた。
「いいえ、私は大したことしていませんよ。その道の人間がたまたま家にはごろごろいただけのこと。使えるものは使いませんと。」
さもなんでもないことかのように言う加賀美。
「くらもっちゃん、色んな人からつけまわされてたんだねぇ?やっるー」
吉井が冷やかした。