風が、吹いた
君が欲しい
―先輩に、逢える。
期待と緊張で高鳴る胸を抑えつつ、案内役の男とエレベーターに乗り込んだ。
男が最上階のボタンを押し、エレベーターの扉が閉まると、納得いかないように私を見つめる。
「志井名様が何をお考えなのか、私には分かりかねますが。私個人としては貴女を孝一様に会わせたくはありません。」
上昇していく四角い箱の中、冷たい声が響く。
先程強く掴まれた腕が、まだ痛い。
私は男と視線を合わせつつ、ぞわりと身体が震えるのを感じた。
暫くそのまま無言の状態が続き。
「ですから」
男が声を発するのと同時にエレベーターが停止した。
エレベーターの扉が、開く。
「この先は、ご自分で行かれてください。」
声と同じように冷たい笑みを湛えた男の向こうには、サロンのような空間が広がっており、とても病院とは信じ難い。
そして、どんな構造になっているのかも、よくわからなかった。
「幼稚な腹いせは悪趣味だぞ」
ふかふかとした絨毯の上に降り立ち、途方に暮れる私の前に、茶色のスーツを着た眼鏡の男の人が現れる。
エレベーターに乗ったままの男が舌打ちした。
「…嘉納の犬が。」
悪態と共に扉が閉まる。
別段気にした風もなく、眼鏡の人は穏やかな表情を浮かべていた。