風が、吹いた
「…私の独り言として、聞いていただきたいのですが…」
優雅ささえ感じさせるゆったりとした動作で歩く彼が、突然口を開いた。
無言を肯定と取ったか、歩きながら沢木は続ける。
「孝一様は、非常に難しい状態に居ます。両家に挟まれていることも、そして今目を覚まさない点でも、そう言えます。」
ここでやっと、このフロア専属の医師だろう白衣の人間がちらほらと見え始めた。
「あの方は精神安定剤を長い事、服用していらっしゃいます。」
思わず、私の足が止まる。
「え?」
それに気づいた沢木も歩くのをやめて、振り返った。
「仕方ないことだと思います。圧し掛かる責任の重さは計り知れないですし、家族間のいがみ合いは生まれた時から始まっていましたから。」
そう言うと、また前に向き直って、ゆっくりと歩き出した。
「ただ、一時だけ服用しなかった期間がありました。」
暗い気持ちに襲われそうになりながらも、沢木の後にとぼとぼと続く。
「それが、貴女と居た期間です。」
心を鷲掴みされたかのように、ぎゅっと胸が締め付けられた。止まりそうになる足を叱る。
「今、両家は孝一様よりも、お互い受けた攻撃への報復に思いが向いていらっしゃいます。真紀子様が毎日付き添っておられますが、まだ目を覚ましません。」
一際大きな扉の前に立つと、沢木はぴたりと止まった。