風が、吹いた
「先輩…」
思わず呟くと、頼りない足取りで、一歩一歩近づく。
心臓がドクドクと脈打つのがわかる。
陽のあたる前髪が、元から明るい髪をさらに透き通らせて。
穏やかな顔をして眠る彼は、自分が手を伸ばせば届く距離に居る。
震える指先で、額にそっと触れると、
その温度に、本当に彼は生きているのだ、と。
自分の目で確かめることが出来て、いつの間にか止めていた息をほっと吐いた。
そして、待っていたかのように視界が滲む。
想像していたチューブだらけの姿とは違って、点滴の管と心電図の物以外は外されていて。
容態は安定していることが伺える。
閉じられた瞼は、今にも開かれそうなのに、どうしてか彼は私を見てくれない。
直ぐ傍にある椅子に座ると、布団の下にある彼の手を見つけて握る。
少し冷たいその手は、大きくてずっしりと重たい。
記憶の中にあるままの、掌。
「…ねえ、先輩。聴こえますか?千晶です。」
両手で祈るようにして左手を包みながら、話し掛ける。
反応はない。
「私、ここに来るまでの間、先輩と逢った時からのことをずっと思い出していたんです。」
ぽろりぽろりと流れる涙は、私の頬を伝い、握る手の甲にかかり、シーツに吸われていく。
「最初は、なんて人だろうって思ってたんです。関わりたくないって。でも…」
泣き笑いしながら、続ける。
「今思えば、初めて逢った時から、ずっと惹かれていたんだなって思います。」
いつか、貴方に伝えたいと思っていた。