風が、吹いた
私が、佐伯さんと初めて出逢ったのは、高校生活が始まって1ヶ月経った頃の事。
友人も作らず、毎日独りで帰っていた。
途中、大雨に降られ、雨宿りのつもりで、この店の軒先に入り、止むのを待ちながら予報外れの空を睨んだ。
文字通りの土砂降りで、心の中も土砂降りで、濡れた髪が冷たくて。
どうにかなりそうな位、気持ちが重たかった。
『うわー、、すごい雨だなぁ』
突然、後方からカランカランと音がして驚いた私は、はっと振り返った。
同時に、温かい空気とコーヒーの香りが一気に漂ってくる。
白髪交じりの中年男性が、雨の様子を見に来たようだった。
空を見て、私を見た。
眼鏡の奥の目は、微笑んでいた。
『温かい飲み物を、ご馳走しようか。』
静かな、とても静かな、そして穏やかな声だった。
油断していると涙がでてきてしまうんじゃないかと思うほど。