風が、吹いた
こんなに静かに物を言う人を、私は知らない。
そしてそれは、私をひどく惹き付けた。
その男性が、この店の主である佐伯さんで。
『寒かったでしょう』
佐伯さんは、私を椅子に座らせて、コポコポ心地よい音をたてながら、温かいカフェオレを淹れてくれた。
無愛想な私に、とりとめのない話を聞かせ、その中で店の人手が足りないと言うので、意を決して、働かせてもらえないかと尋ねたら、佐伯さんは優しく頷いた。
『頼みます』と。
今思えば、人手が足りないなんて、わざわざ初対面の私なんかに言うことなかったのに。
この空間が欲しかった私は、その言葉の裏に忍ばせた優しさに気づかず、そのまま真に受けて、それまでしていた薬局のアルバイトを、あっさり辞めた。
そして、今に至っている。