聖夜は恋の雪に埋もれて

支配人さん

 歩いてきたのは―――。
 この前、バイト帰りに窓越しに見たことがある、あの体格のいいおじさんだった。
 柔らかな微笑みを浮かべている。
「失礼ですが、槙原奏様、上園麗様でしょうか?」
 バスの音域だと思われる、すごく低くて良い声で言うおじさん。
「ちょっと、おじさん。なんで、そんなにかしこまって、他人行儀なんだよ。『様』なんて、つけなくていいって」
 面白そうに笑いながら奏が言う。
 あれ?
 知り合い?
「奏君。私は今、仕事中なのだよ。あまり困らせないように」
「ははは。ん? どうした麗?」
 私が少しびっくりした様子をしているのに気づいたのか、奏がこちらを見て聞いてくれた。
「え? まさか……鉄平から、まだ聞いてなかった? 鉄平の親父さんで、このお店の支配人だよ」
「ええええっ!」
 鉄平君のお父さんだったなんて、初耳……。
 支配人なのは、大体想像がついていたけど。
「ほら、眉毛が濃いところとか、やたらとガタイがいいところとか……そっくりじゃん」
 言われてみれば、そうかも。

「これは失礼いたしました。いつも鉄平君には、お世話になっております」
 立って一礼する私。
「いえいえ、とんでもない。こちらこそお世話になっております。さぁさぁ、どうぞ、お掛けください」
 やや恐縮した様子で、おじさんが言う。

「で、おじさん。鉄平はどこに?」
 奏が聞く。
 おじさんの顔には、また微笑みが戻った。
「渋宮様と、うちの倅(せがれ)より、伝言を預かっております」
 おじさんはそう言うと、一枚の紙切れを奏の前に置いた。
 どうやら、便箋のようだ。
「それでは、私はこれで」
 すぐにそう言って、一礼するおじさん。
 立ち去ろうとする様子のおじさんに、奏が声をかける。
「ああ、ちょっと待ってって! これ、どういうこと? 渋宮も鉄平も来られないの?」
「そちらを読んでください、とのことです。私は存じ上げておりません。それでは、ごゆっくり」
 おじさんはまたお辞儀をして、すたすたと歩き去っていってしまった。



「何なんだよ、まったく」
 不満げな様子の奏。
 私には不満はないけど、分からないことだらけ。
「とりあえず、その手紙、読んでみようよ。それ、手紙なんだよね?」
 私が促すと、奏は「ああ、そうだな」と言って、音読してくれた。
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