狂気の王と永遠の愛(接吻)を・センスイ編収録
新たな人物
こうして始まった一時限目。
より親睦を深めるためにここから丸1時間、アランと生徒たちによる談話がスタートした。
「なぁ先生!スポーツは何が得意っ!?」
日に焼けた男子が、まるで遊びに誘うような口調でアランに質問を投げかける。もし得意なものがあれば一緒にやってみたいというのが少年の本音というところだろう。
「そうだね…スポーツと言えるかわからないが、私は乗馬が得意だ」
風に揺れた前髪をかき上げるその仕草に女子だけではなく、男子からの声も上がる。
「先生かっけーっ!!なんだ今の色気…」
「乗馬なんて貴族っぽいっっ!ってか貴族じゃないの!?あの上品な顔立ち絶対そうだって!!」
アオイは疑いの眼差しを向けながらアランを凝視している。そして彼女の横顔を真剣に見つめているのは…シュウだ。
「……」
やがて…彼のその視線に気が付いたアオイは…
「どうしたの?シュウ…」
「…ん?あぁ…」
言葉を濁してそっぽを向いてしまった彼。
何か考え事でもしてるのかと思いきや、次に口を出た言葉は以外なものだった。
「あいつの事じっと見てるから…お前もあいつらと同じなのかと思ってさ」
「あいつって?」
目をぱちくりさせて問いかけるアオイ。
「アランの事だよ」
ようするにシュウは、アオイも他の女子たちと同様…彼に好意を寄せているのか?と聞いているようだ。
「えっと…なんて言ったらいいんだろう…知り合いに似ているというか…」
正直に言えるわけもなく、アオイは慎重に言葉を選びながら呟いていく。
「あ、弟に似てるんだっけか?」
ぱっと顔を戻して…どこか嬉しそうに笑っているシュウ。
「お、おと…おとうと?ああっ!!あんな弟いたらいいなーって!私ひとりっ子だから…」
言いかけて、アランを見て思わず口ずさみそうになった"おとうさま"の言葉を思い出し、しどろもどろに誤魔化すアオイ。
「…前から思ってたけどお前って結構変わってるよな。それ、年下の男にいうならわかるけどさ、年上の男に弟だったら…なんて普通言わねぇぞ?」
「う、うん…そうだよね。そうかも…私ちょっとおかしいかも…」
声をひそめながら二人が会話している間にも、次々と生徒から質問を浴びせられるアラン。
「んじゃあ趣味はっ!?休日とか何やってんの!?」
興奮気味の生徒たちはすっかりアランの日常を洗いざらい吐かせるつもりでいる。
(俺もアラン先生の真似すれば…あんくらいかっこよくなれるかもしれないっ!!)
(先生の好み聞きまくって理想の女になってやるわ!!見てなさいっ!!アラン先生の彼女っっ!!)
「…趣味は読書かな?休日は…愛しい女性とゆっくり過ごしている事が多いね。しかし…」
「彼女は最近忙しいようだ。なかなか私に構ってくれなくなってしまったんだよ…」
大人の色香を含んだ流し目でアランがアオイを見つめている。
(…っ!!)
驚きに目を見開いたアオイはあまりの羞恥に耐えられず…思いっきり視線を逸らしてしまった。
(う、自惚れじゃないけど…これって…)
「…えぇっっ!!アラン先生そっちのけって…彼女さん何て罰当たりなことをっっ!!」
またもや女子たちの「いやああんっっ!!」と身悶えするような声が響いた。
「ここ最近…朝から晩まで彼女がいない生活が続いていてね…どこかで浮気をしているんじゃないかと私は心配で…」
「…(お父様)…」
思わず顔を戻してしまったアオイの目にうつるのは…伏し目がちにそう語る辛そうな自称・アランの姿。
そしてズキンと痛んだアオイの胸の奥…。
(最近学校が楽しくて…たしかにお父様との時間が少なかった。あの笑顔を曇らせてしまったのはきっと私…)
すると…
「そんな彼女さんやめなよーっ!!浮気とか最低じゃんっ!!」
さも自分は誠実な女であることをアピールするかのように、派手めな女子が熱い視線を投げつける。
「…いいんだ。私が彼女を愛してやまないのも事実だからね…」
悲しそうにしたかと思いきや、アランが言い切る彼女への愛はゆるぎないものだとわかる。
彼の瞳は妖しく光り…それはまるで危険を含んだ甘い鎖のようだ。おそらくアランの恋人はこの先、彼の激しい愛に絡め取られ逃れられることば叶わないだろう。
「アラン…センセー?」
正気を失ったかのような彼の視線に、なにやらただ事ではない雰囲気が教室内に漂う。
「……」
しかしただ一人…
申し訳なさそうに視線を下げたアオイ。いつも一緒だった大好きな父にこのような事を言わせるのはとても不本意なことだったからだ。
(私のせいだ…ちゃんと謝らないと)
―――キーンコーンカーンコーン
そうこうしているうちに、一時限目の終了を知らせる鐘が響き渡った。
そしてしょげているアオイの姿を目にした自称・アランは小さく微笑んでいる。
「うん、皆に聞いてもらえたお陰で私も彼女ももう少し変われそうな気がするよ。ありがとう」
表情一転、爽やかに微笑んだアランを見て心底安堵した生徒たち。あたりにはほのぼのとした雰囲気が舞い戻り、笑い声が上がった。
「そっか…先生!いつでも俺らに相談してくれよっ!!出来る事なら協力するからさ!!」
「ってか私次の彼女になりたいぃぃっ!!アランセンセ!彼女さんと破局したらこっそり教えてよねっ!!」
などと思い思いの事を口にしている。
「ふふっ、ありがとう。次の授業は教室が違うからね。皆、早めに移動するように」
アランは生徒の言葉を軽く受け流しながら、視界の端にうつるアオイの姿をとらえる。
机に手をつき、腰を浮かせた彼女はこちらに来ようと一歩踏み出している。
「……」
アランは無言のままアオイへと向き直り、彼女が来るのをじっと待つ。
しかし…
「ほらアオイ、保健室行くぜ」
と、横から手が伸びて…
「シュウ!!ま、待って…っ私…」
「あ…そういえば傷が残ったらとかって言ってたけど、アオイ怪我でもしたの?」
すると…視線を下げた女子生徒から庇うように、シュウがアオイの目の前に立ちふさがった。
必然的にアランの視界からも彼女の姿は消えて…
「いいからてめぇは早く次の教室に移動しやがれ」
腕を組んで仁王立ちするシュウに女子生徒は何かを察知し、したり顔で含み笑いを浮かべた。
「シュウ~♪あんたがアオイと二人っきりになりたいってのは、よぉくわかったっ!!」
「しかしだね!!次の授業はあのっ!センスイ先生の茶道!!なんだからっ!!」
なぜか彼女は威張るように腰に手をあてて指を突き上げている。そしてそれが何を意味するかわからないでいるアオイとシュウ。
「センスイ…先生?」
「誰だそれ」
互いに顔を見合わせているアオイとシュウに苛立った彼女は、まるで"信じられない!!"と言った様子で鼻息荒くはなし始めた。
「ちょおおっと本気で言ってんのっ!?
センスイ先生目当てで入学してくる子だっているくらい有名な人だよ!?」
「ひとたび目が合ってしまえば男でさえ恋に落ちるという…この世のものとは思えない麗しいあのお姿…はぁ…どれほどこの時を待ちわびたことか…」
うっとりと天井を見上げる彼女の視界には恐らく二人の姿などとうに消えているに違いない。
「あぁっ!!でもでもっ!!
アラン先生もヤバいっっ!!あんなにかっこいい男が生存しているなんてっっ!!やっぱり悠久を治めてる王が美しいからなのかしらっっ!!」
「アラン先生とセンスイ先生は絶滅危惧種のイケメンよっっっ!!!!」
声高らかに嘆き、舞台女優のような振る舞いを見せる彼女を後目(しりめ)にシュウが小声で呟いた。
「…今のうちにいくぞ。アオイ、歩けるか?」
「あ…待ってシュウ、私先生にご用が…」
我に返ったアオイが教卓を振り返ると…
そこにいたはずのアランの姿はすでになく、アオイは彼と話す機会をしばらく失ってしまうのだった―――