君の名を呼んで 2
 皇はやっと私の上からどいて、フン、と不満気に鼻を鳴らした。

「雪姫に触るなよ」

 私の視線を躱して、聴診器を取り出した冴木先生に無茶を言う彼。


「医者に無理言わないでください。触るなとか助けろとか、注文の多い人ですね。梶原さんがどんなに魅力的でも、俺には遥だけですから、ご心配なく」

 溜息まじりに言う冴木先生。そんな顔もお美しいけど。
……なんかほんとすみません。


「お前だって水瀬が、お前の嫁を診察するって言ったらどうする?」

 皇が面白そうに例えを出すと、

「……とりあえず水瀬の目を潰しますかね」

 間髪入れずにホラーな発言をする、見た目王子様な、ドSお医者様。

……この人たちってやっぱり類友だ。


 その話で思い出したように、冴木先生が私に向き直った。

「後で遥が来ますから。何か欲しいものとかあります?」

「いいえ……」

 遥さんの笑顔を思い浮かべて、ああ、あれは癒されるなあ~なんて考えていたら。
 冴木先生は優しい表情で言った。

「今回の件でもしこの先、何か不安になったりしたら、遥になんでも話すといいですよ。彼女も色々と事件に巻き込まれて、トラウマから立ち直った子ですから」


……え?あんなにふわりと笑う人が?

 驚く私に、冴木先生は皇を見た。


「城ノ内さんが、本当に俺を頼りたかったのはこっちでしょう。心の傷は見えにくい分、身体よりも回復するのに時間がかかりますから」


 皇が複雑な表情で苦笑するのを見て。彼の読みが正しかったのだと知る。

「あなたの優しさは、わかりにくいですね」

 冴木先生はクスクスと笑って、皇に言った。


「梶原さ……いえ、城ノ内雪姫さん。いい旦那様で、良かったですね」


 からかいもなく。ただ優しい瞳で言われた言葉に。
 私は大きく頷いた。

 皇は、どこまでも私のことを考えて、私のために、手を打ってくれていた。
 その底に揺るぎない、愛情を感じて。

 涙が一滴、頬を伝って落ちた。


「ありがとう、ございます」



 ありがとう、皇。
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