君の名を呼んで 2
 それから数日後。
 テレビ局で、ドラマの番宣を撮りに来た、あたしと雪姫ちゃん。
 案内されて控室に向かう廊下で、前を歩いていたスタッフがあたしを振り返った。

「そういえば、今あっちのセットで二ノ宮朔さんが撮影中なんですよ。同じ事務所ですよね?」

「えっ?は、はい」

 つい頷きながら、雪姫ちゃんを見た。
 彼女はBNPの所属ーー特に一度でも担当した相手のスケジュールは、担当を外れた後でもチェックしてくれてる。だから雪姫ちゃんが、二ノ宮先輩の撮影予定を知らないはずがない。
 なのに、あたしに何も言わないってことは……。

 雪姫ちゃんは困ったようにあたしを見る。
 ああやっぱり、知ってて黙ってたんだ。

「今日って、アカリとのシーンなの?」

 あたしの質問は、問いではなく、確認。
 雪姫ちゃんは隠すことを諦めたみたいで、あたしを気遣うように聞いた。

「撮影、観に行く?」

 



ーーああ、観なきゃ良かった。



 セットに入った瞬間、あたしはそこから動けなくなった。

 どこまでも完璧な、彼は。
 まるで本当に恋をしているかのような熱を帯びた視線をアカリに向けて。
 目の前の彼女を強く抱き寄せて、一枚の絵のように美しいキスシーンを演じてみせたーー。


「はは、やっぱり凄いね。二ノ宮先輩は」

 あたしの乾いた笑いは、情けないほど白々しくて。握りしめた掌に爪が食い込んだ。

 仕事なのに。
 演技なのに。
 今まで、先輩のラブシーンなんてテレビや映画で何度も観てきたのに。
 何故か今は胸が痛い。

 ドクン、ドクン、と大きな音が聞こえそうな気がして、あたしはギュッと胸元を押さえつけた。



 カットがかかるまえに、あたしたちはこっそりセットを出た。
 涙が零れそうな顔を、二ノ宮先輩に見せたくなかったし、アカリの勝ち誇ったような顔も見たくなかった。
 今のキスシーンが、頭から離れない。

「すず、こっち」

 雪姫ちゃんは人の居ないところへあたしを連れ出すと、優しく抱きしめてくれて。


「すず。今の気持ち、朔に伝えてみたら?素直になるのも、大事だよ」

 ただ静かに見つめられて。
 姉のような、彼女の言葉はあたしの心臓を強く揺さぶった。

 そうだね、雪姫ちゃん。認めたくないけど。


 あたし、二ノ宮先輩が好き。

 好きなんだ。
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