君の名を呼んで 2
「お前ならやれるよ。練習したしな?」

 あのキスは、ただの練習だと。演技指導だったんだと。


「……二ノ宮先輩」

 すずが目を見開いた。

「あれは、ただの、練習……?」


 傷付けて、ごめん。
 すず。

「そうだよ。当たり前だろ?期待の後輩なんだから、ね」

 言葉をすり替えて、俺は逃げた。

 俯いた彼女の、サラリと零れた髪に触れたくて。
 その頭を撫でて、引き寄せたい。でも出来なくて。
 泣いてるんじゃないかと、不安になった瞬間。


「そうですよね。ありがとうございます。あたし、上手くやれそうです」


 顔を上げたすずは、笑顔だった。
 泣いていないことにホッとしながらも、俺は自分の言葉に後悔していた。

『嘘だよ、ごめん』

 そう言えたら。

 ふと、視線を落とせば、彼女の握りしめた手が見えた。

「ーーっ」

 微かに震えるそれに、気づかないフリをする。
 すずは同じ笑顔のまま、俺に頭を下げた。

「じゃあ、失礼します。先輩」

「ああ、またな」


 お前、ホントにいい女優になったよ。
 俺の本気の演技に、同じだけの演技を返してくれて。


「頑張れよ」


 彼女の背中に、そっと呟いた。
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