君の名を呼んで 2
side すず

***

 涙なんて、出ない。
 もうあたしの中では、スタートがかかってる。
 だから、先輩。今だけ、見ていて。
 『女優 藤城すず』の演技を。


「あたし、上手くやれそうです」


 見上げた先輩の顔は、よく覚えていない。
 ひたすらその場を離れることを考えていたから。


 そして、あたしのキスシーン撮影の日が明日に迫って。
 あたしはBNPのレッスン室で一人、演技の練習をしていた。


「『ずっと好きでした』」

 あたしは役になりきって台詞を紡ぐ。
 一番言いたかった人には、言う前に失恋してしまった。


「『私のこと、どう思ってるんですか?』」


 どう思ってるの?
 ねぇ、二ノ宮先輩。



 何時の間にか窓の外は暗くなっていて、あたしは待っててくれている雪姫ちゃんにメールする。
 そのまま彼女の元へ向かったらオフィスには誰も居なかった。
 その奥、社長室に灯りがついているのが見えて、そちらへ近寄る。
 社長室の、少し開いた扉の隙間から、雪姫ちゃんの声がした。

「どうしてですか?なんでそんなことを」

「梶原ちゃん」


 覗き込んだ先には、雪姫ちゃんと、真野社長、城ノ内副社長の姿。
 彼女が真野社長にくってかかるなんて、珍しいーー。

「そんなこと言われたら、朔の性格上、身を引くに決まってるじゃないですか!」


 二ノ宮、先輩の話?

 ううん、違う。 
 雪姫ちゃんがあんなに真剣なのは、きっとあたしの話ーー。
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