ロジーリリー「パンドラの乙女」
始まりと終わりは紙一重で、決して相容れる事は無い
夕方、茜色の空が広がるのを背に、イルビア王国の王宮では侍女達が城内を走り回っていた。
「姫様ー!」
「シエラ様何処ですかー!」
「今すぐ戻ってお支度をなさって下さい!」
バタバタと侍女が探し回っている人物は、イルビア王国の第二王女であるシエラだ。
「全く……今日は百年に一度の建国記念日だというのに……」
「姫様の悪戯好きには困ります……」
「あっ、ヴィンセント様!」
侍女達が嘆いていると、ある人物が通りがかった。
ヴィンセントと呼ばれたその男は黒髪の短髪で目が焼き付けられる程の優雅な容姿をしているが、しかしそれすらも霞ませてしまう存在感を放っている、黒と白の二つの剣を背中に担いでいた。
「どうかしましたか」
「シエラ様が居なくなったのです。シエラ様の護衛であるヴィンセント様でしたら何かご存知かと……」
「そうですか。生憎俺は姫様に着替えるから部屋を出ていけと言われましてね。さっきまで木の下で寝てましたよ」
けっと言い放つとその時の事を思い出したのか、ヴィンセントは眉をしかめた。
その時、ヴィンセントの目の前をひらひらと泰山木の純白の花弁が舞った。泰山木が植えられている庭へと目を向けると、風が全く吹いていないにも関わらず、異様な枚数の花びらが散っていたのだ。
「ははーん」
「ヴィンセント様……? 如何されました?」
「いえ、お気にせず。姫は見付け次第お届けするので」
心配そうに訪ねる侍女に対して、軽く微笑む。それで数人は頬を赤らめながらバタバタと礼を言いながら走り去ってしまった。
「さて」
誰も居ないことを確認すると、ヴィンセントは泰山木の側に寄り付き声を掛けた。正確には泰山木ではなく----シエラにだ。
「姫様。何してやがるんですか」
ヴィンセントが声を掛けると花びらがより一層大量に散り、暫くするとおさまった。すると、木の枝からひょっこりと、シエラが顔を覗かせた
「ちょっとヴィンス、どうして分かったの」
頬を膨らませて訪ねるシエラに白い目を向けながら、ヴィンセントは口を開いた。
「あんなに不自然だったら直ぐに気が付きますよ」
「そんなに不自然だったかしら?」
頭を傾げて考える姿を眺め、ヴィンセントはシエラが木から降りてくるのを待ったが一向に降りる気配がない。
「姫様?」
「なっ、何よ」
「……もしかして、降りられないんですか?」
あっ、とヴィンセントはそう結論を出し、げらげらと降りられないシエラを指差して笑い始めた。
「降りられないとか餓鬼かよっ、ぷっっくくく」
「ちょっと黙りなさい!このタラシ!」
「へー。そんな事言っていいんですかねぇ。あーあー、帰ろうっかなぁ」
目を明後日の方向に向け、わざとらしく口笛を吹くヴィンセントにシエラはわなわなと体を震わせた。
「……おっ、降ろして頂戴」
「俺は助ける立場なんだけどなぁ」
「~~~!降ろして、下、さい…」
顔を真っ赤にして懇願するシエラに、ヴィンセントはふっと笑うと「飛び降りて下さい」と言った。それに対してシエラは目を瞑ると勢いよくヴィンセントの胸元へと飛び降りた。
あわよくば勢いでヴィンセントが倒れ、泥まみれになれと思いながら。