アイス・ミント・ブルーな恋[短編集]
人魚姫と塩入りコーヒー
この町には、人魚姫がいる。
その秘密を知っているのは、海辺に住んでいるほんのわずかな集落だけであった。
唐突だが、私は人魚姫である。しかし、普段は普通の人として暮らし、人魚姫の存在を知っている集落の方にお世話になっている。
何故かというと、ここ最近人魚姫を見たと騒いでいる人間が増えたせいで、海の中にいる方が危険となってしまったからである。
だから私達は、私達の存在を代々隠し通してくれた、信頼できる人間たちに助けを求めた。
殆どの家庭が快く引き受けてくれ、私はとある青年の家に引き取られることになった。
「ねえ思ってたんだけど、自分のこと人魚姫って、姫呼びするのって恥ずかしくないの?」
夕方、大学から気だるげに帰ってきた彼が、ただいまより先に言ったのはこんなセリフであった。
「いや、恥ずかしいですよ、普通に。呼び方人魚でいいですし、なんなら別に魚だっていいですよ」
「お前ってなんか冷めてるよなー。じゃあ今日の夕飯魚にするか」
「……こんなにも倫理観が欠如した人間に初めて会いました」
もちろん、今の私の姿は人間である。白のニットに黒のタイトスカート。通販で適当に買った。なんとなくタイトスカートの方が元の姿に近くて落ち着くのであった。因みに、足が水に濡れると元の姿に戻ってしまうので要注意だ。
「アキ君、今日の郵便物にアキ君宛では無いものがありましたが、どうなさいますか」
モッズコートを脱ぎながら、本当に魚を焼く準備を着々と進めている彼にそう伝えると、彼はこちらを見向きもせずに問いかけた。
「誰宛?」
「千堂文子様、と書いてあります。アキ君と名字が一緒ですが、血縁者様ですか?」
「あー……」
そういえば、人間の世界では家族で暮らすことが当たり前だと聞いた。
人魚の世界では、集団でずっと暮らしていると危険なため、家族とは早々に離れて暮らすことが当たり前である。
アキ君は、この広い家に単独で暮らしている。
でも、チラホラとアキ君の物ではない物が家に置いてあるのをしょっ中見かけた。