アイス・ミント・ブルーな恋[短編集]
「母さんはもうこの世にはいないんだ、だからこの手紙はもう渡せない」
アキ君の言葉に、私は動きを止めた。アキ君のお母さんは、もうこの世にはいない……自分の中でその文を一度読んで、ゆっくりと理解した。
「母さん通販好きだったからさ、こういうダイレクトメール沢山届くんだけど、どう解除したらいいかわかんないんだよね」
「アキ君……」
「ああでも、イズミがいるなら、この女性向けのカタログも、無駄にならないか」
今彼は、どんな瞳をしているのだろう。
前髪をどけて、確認したい。
あなたの瞳を、ちゃんと見つめたい。
「でも困るよな、本当。母さんの名前が書いてあると、下手に捨てらんないし……」
「アキ君……あの」
「イズミに似合いそうな服、俺が選んでやるよ」
私は、彼の前髪をかきあげて、彼の瞳を見つめた。
想像以上に、澄んでいて綺麗な瞳だった。
アキ君は、目を見開き驚いていた。
「一年前、毎日砂浜に一人で来ては泣いているあなたを私はいつも海から見ていました」
「え……イズミ……?」
「そんなあなたを見て、私はずっとあなたの背中をさすってあげたいと思っていました。一年後、あなたの家に住めることになった時は、正直本当に驚きました……あなたを、笑わせてあげたいと、そう思いました」
ぼうっと海を眺めて静かに泣いている青年。
海から彼を見るたびに、私はなぜかとても寂しい気持ちになった。
彼の背中をさすって、一人ではないと言ってあげたかった。でもできなかった。私は人間ではなかった。
「あなたが泣いていた理由を、私は今やっと知りました。でも、私はあなたの痛みを分かってあげられない、私は人魚だから、母という存在を全く最初から知らないのです……だから何故アキ君がそんなに悲しんでいるのかを、私はちゃんと分かってあげられない……それがとても悔しいです」
――私は、人魚なのだ。両足が地面についても、スカートをはいても、私は人間ではないのだ。彼の世界と完全に共存することなど、不可能なのだ。