アイス・ミント・ブルーな恋[短編集]
トクベツな関係
彼は優し過ぎるから、“トクベツ”を作れない。
いつだって誰にだって、優しさを均等に与えてくれる。
それが余計人々の独占欲を駆り立てていることを、多分彼は、知らない。
「麦くん、いい? あのギャルさんたちが言ってたこと全部真に受けたらダメだからね」
2人で自転車を押して、でこぼこの田んぼの畦道を歩きながら私は彼に念押しした。
「いや、でもどうしても家で勉強を教えて欲しいって……」
「そんなんじゃいつか襲われちゃうよっ」
身長が高くて色が白くて、笑うと周りの空気を柔らかくするような、まるで天使みたいな佐藤麦は、私の幼馴染である。
ほとんどおじいちゃんおばあちゃんしかいない田舎で生まれた私達は、それはもう可愛がられて生きてきたし、麦はお坊ちゃんだから尚更温室育ちに磨きをかけていた。
高校進学とともに町から出て行動範囲が広くなると、麦の容姿の整い方はわりとハイレベルであったこと、そして麦はむちゃくちゃに母性本能をくすぐる年上キラータイプだと知った。
「麦くん、ああいうのはね、にくしょくけい女子って言うんだって」
「俺も肉食だよ、牛スジ大好き」
「意味違うよっ、ていうかのほほんとし過ぎだよっ、麦くん襲われてもいいの?!」
私が真剣に問い詰めると、麦くんはニコッと笑った。
色素の薄い少し長めの前髪から覗く彼の瞳は、明るいオレンジと茶色を混ぜた色で、夕日みたいだといつも思っている。
「粋(スイ)ちゃんは、心配性だな、相変わらず」
夏が差し迫った夕方はまだ少し熱を残していて、今日から白シャツの夏服に衣替えをして本当に良かったと思った。
高校生になって、町を出て、世界が広がって、人と出会って、自分という人間のレベルをなんとなく知ることができた。
私は平々凡々人で、麦くんは世界に必要とされる人。トクベツな人。それに彼は気づいていない。
人は、トクベツな人に優しくされると、優越感に浸れるものなのだよ、麦くんよ。
どうにもできない感情を抱えながら自転車を押していると、麦くんの家に着いた。
「粋ちゃん制服のボタン縫ってよ、随分前から取れちゃってたんだ、上がって、御礼にハーゲンダッツあげるから、兄のだけど」
私の答えも確認せずに私の手を取って、麦くんは私を家に連れ込んだ。
今日は麦くんのお父さんもお母さんもお兄ちゃんの大会の応援に行っているから、まだ帰ってきていないらしい。
大きな木造建築の麦くんの家は、いつもどことなく湿っぽいヒノキの香りがする。
麦くんは恐ろしいほど似合っている白シャツを脱いで、上半身裸になり縁側に寝転がった。