アイス・ミント・ブルーな恋[短編集]
禄さんの声がどんどん遠ざかって行くのを聞きながら、麦君に引っ張られていった。
……昼休み終了まで残り5分だ。
それなのに麦君は私の腕を離さずに、ひと気のない教室に入った。
この教室は窓全体が大きな木で覆われていて、ほとんど日差しが入ってこない。
窓に広がる裸の木の影が教室に広がっていて、なんとも言えない空気を生み出している。
「……麦君、鳴っちゃうよ、チャイム」
「……粋ちゃん、俺は……」
「腕、ちょっと痛いよ」
「え」
言われてずっと握っていたことに気づいたのか、麦君は慌てて手を離した。
ブレザーの上からだったから痕まではついていないだろうけど、制服には皺が寄っていた。
麦君はそんな私の腕を申し訳なさそうに撫でて、ごめん、とつぶやく。私が大丈夫だよ、と言っても、彼はまた謝った。
「俺、多分、あの町を出る……まだ確定じゃないし、そもそも受かるかわからないけど……」
その言葉を、私は意外と冷静に受け止めた。
さっきは頭の中が真っ白になったけど、麦君の部屋に置いてある医学書を思い出したら、それは至極当然のことだと思ったから。
「禄はもうあの町に戻ってくる気は無いんだ……でもそうしたら、じゃあ一体誰が、若い人の少ないあの町の、じいちゃんばあちゃんの話聞いてあげたり、命を助けてあげたりするんだ? って……考えたら、自分のすべきごとが見えた気がしたんだ」
……麦君は、本当にあの町が好きなんだね。
彼の手がわずかに震えていることに気づいて、私は彼に抱きついた。彼もすぐに私を抱きしめ返した。
「……せめて高校生の間だけでもいい……待たせることになるって分かってるのに、粋を諦められなくてごめん……」
本当は、私に思いを伝えるたびに、少し罪悪感を抱いていたのだと、彼は小さく零した。
『彼女欲しいだけなら粋はやめろよ。もっとどうでもいい奴にしろ』
ああ、そうか、あの時麦君が何も言い返せなかったのは、罪悪感があったからなんだね。
6年以上離れてしまう未来があるのに、私に思いを伝えてしまったことに。