アイス・ミント・ブルーな恋[短編集]
ラムボール・バレンタイン
バレンタインが近づくと、ラム酒とチョコの香りを思い出す。
あなたが好きだと言ったラムボールを、あなたが嫌いなレーズン抜きで特別に作った。
ラムボールは好きなのに、中に入ったレーズンは嫌いだなんて、変わった人だ、と笑ったのを覚えている。
レーズンは入れないで、と彼女には言えなかったから。でも、星乃になら気兼ねなく言える。レーズン抜きのラムボールが食べたい。
そう言ってあなたは、まるで妹の頭を撫でるように、私の頭をぽんぽんと撫でた。
あなたの口から初めて〝彼女〟という言葉を聞いたあの時食べていた板チョコは、史上最高に苦く感じた。
あれから8年経って、私は24歳になった。
4大を卒業して、そこそこ大手の製菓会社の開発部として働き、今はロングヒットしているアイスの期間限定商品の開発をしている。
私が提案したものは、ラム酒を加えた大人っぽい味のアイスを、生チョコのように柔らかいチョコでコーティングし、それをさらに牛皮で包んだものだ。好き嫌いの分かれるレーズンを入れるべきか入れないべきかで、今話し合いが延長している。
結局今日も話がまとまらないまま帰宅をすることとなった。
この企画が終わったら、次は抹茶や苺を使った春向けの商品を考えていく。
ぐるぐると商品のイメージをしながら新宿から少し離れた家を目指し歩いていると、マンションの前に背の高い男が立っていた。
「LINE見ろよ、星乃( ほしの )」
かっちりとした上品なグレーのチェスターコートを着た男性は、スマホを私に向けて顔を顰めた。
どれどれ、というように彼に近づき私に向けられた彼のスマホ画面を読むと、「今日一緒に飯どう?」「おい、気づけ」「おいこらチビ」と立て続けに送られていたので、私は口頭で返事をした。