アイス・ミント・ブルーな恋[短編集]
「はあ、ご飯、いいですよ、別に」
「やった、もうホテルの飯飽き飽きしてたんだよ」
「大したもんは作れませんよ」
子供みたいな笑顔を見せて、彼は私のバッグをひょいと持って私より先に歩いてエレベーターのボタンを押した。
一応言っておくが、彼とはつきあっていないし、もちろん同棲をしている訳でもない。
たまたま長期の出張で東京に来ていて、東京で一人暮らしをしている私の部屋に、こうしてふらっと現れては私の手料理を食べて帰る、という行為を繰り返しているのだ。
彼の勤務地は関西で、東京にいるのも残りあと3日だ。こんな風に私の元へふらっと現れるのもあと3日……いや、もしかしたら今日が最後かもしれない。
彼は部屋にはいるや否や、チェスターコートを脱いで自分の家のようにハンガーにかけ、私のコートも預かりかけてくれた。
彼はクリーム色のソファーに横になり、私は冷蔵庫を開けて食材を見ながら頭の中で献立を立てる。
テレビの音と、時折彼が静かに笑う声が響く。
「……今度の新商品、ラムボールをイメージしたアイスを出すんですよ」
キャベツが余っていたので、回鍋肉をつくることを決めた。
キャベツを切りながら対面式キッチンから話しかけると、彼はすぐに喜々とした反応を見せる。
「え、まじ? 絶対買う!」
「でも今、レーズンを入れるべきか入れないべきかで話し合ってて……」
「えー入れんなよ、レーズンなんてみんな嫌いだよ」
なんの根拠もない言い分を聞き流しながら、私は8年前のことを思い出していた。
レーズン抜きのラムボール。レーズンの代わりにアクセントとなるものを探したけど、結局思いつかなくてそのまま渡した。そんなラムボールを、美味しいと言って幸せそうに食べてくれたあなた。