アイス・ミント・ブルーな恋[短編集]
「……熱い、唇」

「……保坂は、何も聞かないんだ」

「聞かないよ、過去のことだろ」

保坂の言葉は、いつも短くて鋭くて正しい。

でも、今はなんだかそのハッキリとした言葉が、心地いい。

「今お前の目の前にいるのは誰?」

「保坂……です」

「それだけ分かってればいいから」

強気なあなたの瞳が、実は少し震えていることに気づいて、私は動揺した。

「形の無い過去じゃなくて、"今"お前のそばにいる俺を見て。ちゃんと手で触れるものを信じて」

「……保坂」

「……分かった?」

「……うん……っ」

こくりと頷くと、保坂は私の頬を両手で挟んでつぶやく。

「……ああ、やっとちゃんと目が合った」

そう言って笑うあなたの優しい瞳を見たら、

"今"を見つめたら、

なんだかまた堪らなくなってしまって、

涙がこぼれ落ちた。

テーブルに置かれた料理はもう完全に冷め切っているし、ビールの泡もへたってる。
それはもう、まったく味のないものに思えた。

「はは、笹倉、今はなんの涙なの?」

「わかんないよ、でもなんか止まんないんだよ……っ」


涙を拭って、もう一度前を向いたら、

灰色だった景色に一段と映える、

鮮やかに笑うあなたがいた。


「いいよ、泣いても。俺の前なら」


……ちょっとくさいし、ありきたりだけど、

"今"を生きるってことが大切なんだと、この年にして実感してる。

もし、この人と一緒に生きる"未来"がくるのなら、
その時間を精一杯大切にしたいと、心の奥の奥で、じんわり思ったのだ。


< 84 / 119 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop