フキゲン・ハートビート


たしか、803号室だっけ。


オートロックマンションなので部屋の前まで行くことはかなわず、エントランスで足止めを食らうのはわかっていた。

それでも、いざピンポンを押すとなるとどうにも緊張して、何度も深呼吸をしてしまう。

ぽつぽつ帰宅してくる住人の方々が通るたびに、おかしな目で見られている。


……早くピンポンしよう。


8、0、3、呼。


震える手で、間違えないように慎重に押す。


でも、しばらく待ってみても応答はなかった。

もういちどやってみても、同じだった。


……あれ。もしかして、無視されているのかしら。


あたしだってこと、わかっていたりする?
どこかにカメラでもついているのかな?

それとも単純に考えて、いま家にいないとか。


いや、待てよ。


ていうかそもそも、寛人くんって仮にもプロのミュージシャンで、芸能人なんだっけ?

これってふつうに出てくれないやつなんじゃないの?


だって、家に押し掛けてくるファンとかもいたりするんじゃないの?

どうなの?

それはちょっと考えすぎ?
漫画の読みすぎ?


でも、そうだよね。

ふつうの男友達の感覚で来てしまったけど、よく考えてみたらこの男、ちょっと特殊な存在なんだった。

いまさら思い出した。

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