フキゲン・ハートビート


ゴキブリが出たこと。

生まれてはじめて見たソレが、想像以上に生理的に無理だったこと。

ワケわからないまま、身ひとつで家を飛び出してきたこと。


とりあえず身に起こったすべてを早口でまくしたてた。

寛人くんは黙って最後まで聞いてはくれたけど、最終的には勘弁してくれってふうにかぶりを振ったのだった。


「大丈夫、殺虫剤で死ぬから。ガンバレ」


悲しいけど、こういう反応をされることはだいたい予想がついていたよ。


「う……お願い……助けて……」

「なんでおれがおまえんちのゴキブリ退治しなきゃなんねえの」

「そうだけど……、一生のお願い」

「一生だろうがなんだろうが、おれは便利屋じゃねーし」


わかっている。

こないだから、信じられないほど多大な迷惑をかけまくってしまっていることは、ちゃんと。


「お願い、厚かましくて大迷惑クソ野郎なことは重々承知です。でもほんとに、いまは寛人くんしか頼る人がいないんだ……」


か細い声でこぼした。


「……お願いします」


深々と頭を下げる。

たかがGの1匹に、涙目で同級生に頭を下げている自分は絵面的にキツイものがあるけど、そういうのは考えないようにした。


少しの沈黙が流れる。

重たいような、笑いたくなるような、なんともおかしな時間だった。


そのあとで、


「殺虫剤は、家にあんのかよ」


という低い声が降ってきた。

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