フキゲン・ハートビート
とりあえず足元で散らかったままの洋服をてきとうに片付けていると、隣で寛人くんがホームセンターの袋を開けはじめた。
「とりあえずホイホイとブラックキャップ設置しといたら、それなりに大丈夫なんじゃね」
ホイホイを説明どおりに作り上げ、部屋やキッチン、トイレに設置していく、プロのミュージシャン。
同じようにブラックキャップも置いてくれる、プロのミュージシャン。
その様子を眺めながら、なんて人になんてことをさせているのだろうと、冷静に思ってしまう。
もちろん、頼みこんだのはほかでもない、あたしなのだけど。
「……ねえ。本当にありがとう。ごめんね」
「べつに。寝てるときゴキが顔の上通らねーといいな」
「ちょっと! なんっでそういうこと言うかな!?」
せっかく心からの感謝と反省をしていたところだったのに、よけいな一言のせいで台無しだ。
「はあ……きょうは寝れなさそう」
「人間どんな状況になっても睡魔には勝てねーから。あと、寝てたら顔の上のゴキにも気づかねーから、大丈夫」
なんにも大丈夫じゃないから!
無視を決めこみ、服の片付けを続行をしようと寛人くんに背を向けた瞬間。
部屋の隅っこ、たったいま設置したばかりのホイホイとブラックキャップのあいだに、黒いモノが動くのを、見た。
「ひ……寛人くん! 寛人くん、いた! いる! そこ!」
「え、マジ、ちょっと殺虫剤とって」
我ながら華麗なパスだったと思う。
同じように、華麗なキャッチを見せてくれた寛人くんは、ひとつの無駄もない動きで素早く殺虫剤のレバーを引いた。