フキゲン・ハートビート
「じゃ、帰る」
「あ……ちょっと待って!」
すでに玄関まで行き、靴を履きかけているうしろ姿をとっさに止める。
ふり返ったネコ顔は、まだなんかあるのかよ、という表情を浮かべてあたしを見た。
「ちょーっと待ってね……」
冷蔵庫にしまってある、さっきつくったごはんたち。
その半量ずつをそれぞれタッパーに詰め、まとめて紙袋に入れる。
「ハイっ、これ!」
そして、それをずいっと手渡すと、少し上にあるふたつの茶色い瞳が戸惑ったように揺れた。
「俊明さんから聞いたよ。ぜんぜん食べないって」
「……気が向いたときは食ってる」
「ダメだよ、気が向かなくても、ちゃんと食べないと。知らず知らずのうちに体は弱っていくんだからね、そのうちポックリ死んじゃうよ」
聞くなり、彼はぎゅっと口をつぐみ、ふいっと視線を逸らした。
いつも変に落ち着いていて、大人っぽいくせに、こういうところは子どもっぽいんだな。
「とにかく、とりあえず、いま渡す分だけは絶対に食べて」
「……わかった」
口をとがらせ、首を縦に一度だけ振った寛人くんは、やっぱり子どもみたいな顔をしたままだ。
「ありがとう」
それでも、ばつが悪そうにぶつけられたその小さな声がなんだかくすぐったくて、悪い気はしなかった。