フキゲン・ハートビート


反射的に、目の前にある紺色の袖を腕ごと掴んでいた。

そしてそのまま寛人くんを屋内に引きずりこむと同時に、通せんぼをするように、彼らのあいだに立った。


「……もう二度と顔も見たくないって、こないだ言ったよね?」

「諦めないって、俺もこないだ言ったよな」

「はあ? だから、あんたの気持ちなんか知らないんだってば」


本当に、いらつく。


どうしてわかってくれないんだろう。

どうしていまさらそんなことが平気で言えるんだろう。


あのときあたしを捨てたのは、そっちのほうだったじゃないか。


「……なあ、なんでだよ」

「なに……?」

「俺ら、あんなに愛しあってただろ。蒼依も俺を愛してるって言ってくれただろ。なのにおまえ、もう他の男連れこんでんのかよ?」


この男はいったい、なにを言っているの?

頭がおかしいんじゃないの?


「……ねえ、大和。忘れたの? 二股かけたのはソッチでしょう? 最終的に“本命”を選んだのはソッチだったでしょう?

いまさら都合のいいこと言わないで。あたしはなにも裏切ってなんかないよ……!」


ああ、よりによって寛人くんの前で、こんなことを言わなきゃならないなんて。


すごく恥ずかしいし、本当に情けない。

しょうもない男に引っかかっていた過去を、なんとなく、この元同級生にだけは知られたくなかった。

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