フキゲン・ハートビート


ふと、大きな手のひらがこっちに向かって伸びてくるのが見えた。


大和の手だ。


あたしを世界一幸せな女の子にしてくれた手。

そして、これでもかというほど、傷つけた手。


無意識のうちにぎゅっと目を閉じていた。

あの優しい温度を思い出すのが嫌だった。


幸せだったころの記憶に引きずりこまれてしまうのが、たまらなく、こわかった。


「思い出せよ、蒼依、俺がいないと生きていけないって言ったときのこと、思い出せよ……」


いやだ。

もう、いやだ。

もうたくさんなの。


こんなやつの言葉に、態度に、すべてに振りまわされるのは、もう……



「――昔の男は、帰ってくんない」



いつのまにかあたしと寛人くんの立ち位置がもとに戻っていた。

そして、あたしに背を向けて立つ彼の右の手のひらが、伸びかけていた大和の手首を、確実に掴んでいた。

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