フキゲン・ハートビート
あたしの部屋にはもうほとんどといっていいほどモノがない。
お父さんもお母さんも、なぜかあたしが東京で就職することを見越しているらしく、いろんなものをちまちま捨てたり、誰かにあげたりしているみたいで。
どうなるのかまだわからないのによくやるよ。
それともこれは、帰ってくるな、という無言の圧なのかもしれない。
いま残っているものといえば、漫画がぎっしり詰まった本棚と、セミダブルサイズのベッド。
押し入れに、中学や高校の制服とジャージ、それから卒業アルバムとか、いろんなシーンの思い出の品が入っているだけだ。
たぶん、このなかにあるんだよな、CD。
いったいどこに埋もれているんだろう。
卒業アルバムや、文集。
おまけにクラス合唱の楽譜まである。
だんだんに色褪せてきているなつかしいものたちの山をかき分けていると、やがて、探しているものがひょっこり出てきた。
メンバーに直接売ってもらった、自主制作のCD。
あまいたまごやきのはじめての円盤。
手作り感あふれるミニアルバムだ。
「うわ、なっつかしー……」
ああ、そういえばこんなジャケだったな。
黒い背景に描かれているヘンな玉子焼きの絵。
誰が描いたんだろうね、と友達と話していたんだ。
いきなり湧き水のように記憶がぶり返してくる。
当時、ミーハー丸出しの友達に連れられて何度か行ったんだっけ、ライブ。
そう、その子もあたしと同じ、アキ先輩にあこがれてる女の子のひとりで。
ふたりでキャーキャー言いながら、ステージの上で歌っているアキ先輩ばかりを見ていたことを、よく覚えている。