フキゲン・ハートビート


「ていうか蒼依こそ覚えてないの? あんた、その子に傘借りてたじゃない。アレまだウチに置いてあるんだよ」


ソファに体をあずけ、音楽に身をゆだねてきっているところに、お母さんが思い出したように口を開いた。


「え、なに? 傘?」


なんのことだろう?


「ウソ、あんた本当に覚えてないの!? いつだったかなあ、3年生の秋ごろだったかしらね。帰りに突然雨が降ってきて、でもあんた傘持ってなくて、そしたらクラスの男の子が貸してくれたって。黒くて大きい傘だよ。あれってこのバンドのドラムの子でしょう?」


中3の秋。

学校帰り、突然の雨。

黒くて大きい傘……?


「この子ってばいつ返すつもりなんだろうと思ってたけど、結局そのまま卒業しちゃったね。

相手はもう芸能人だし、きっと一生返せないねえ~」


笑いながら行ってしまったお母さんの背中を見送りながら、懸命に頭を回転させた。

脳ミソだけ、5年前の秋に強制送還する。


同時にぱらぱらと卒業アルバムをめくってみた。

4組のところで手が止まった。


いまよりもっと髪の長かった15歳のあたしは、なんともいえない中途半端な笑顔を浮かべていて、なんか嫌な気持ちになる。

ああ、嫌なものを見てしまった。


でも、そんなものよりも、見開きのページの、真ん中よりやや左下にずれたところ。

15歳の半田寛人は、相変わらずむすっとした顔をしていた。

色白の童顔はいまとほとんど変わらないけど、そこにはどこか幼さが残っていて、チョットかわいかった。


それを眺めていると、急激に記憶がよみがえってくるような気がした。


あまいたまごやきの音楽はなおもバックで鳴り響いている。

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