フキゲン・ハートビート


その右手で持て余している透明のプラスチックを、ただぼんやり眺めている寛人くんを、あたしも同じように見つめた。


まつ毛が長い。

鼻筋は通っているし、顎は細くとがっている。


横顔も、思わず息をのむほどに、本当にきれいで。


「……結婚、そんなにうれしくないの?」


ちらりとコッチを向いた茶色い瞳と目が合う。

でもそれはすぐに逸らされて、あたしだけが置いてけぼりになってしまった。


「べつに」

「ふうん……」


また、沈黙。


「……中学のころ、一瞬だけさ」


この重たい空気を押し上げるように、ふいに寛人くんが低い声を出した。


「みちるさんのことが好きだった。……と、思う」


……え?


「え!?」

「うるせーな。いきなりデケェ声出すなよ」


いや。

だって。

だってだって。


あんたがとんでもねーコト言ったんでしょうが!


「まあ、そのころおれ14だったし、いま考えるとべつに“恋”でもなんでもなかったんじゃねーのかって思ってるけど。いろいろ悩んでたときだったし、あの人の自由な生き方に惹かれて、なんとなく好きになったような気になってただけで」

「そう……なんだ……」


声をかけづらいとか、なんか、もうそういう次元じゃないのだが。


なんと言えばいいのかわからない。

ていうか、いましゃべってる男が本当に半田寛人なのかも、もはや確信が持てていない。


「でも、いざその人が結婚するんだなって思うと、やっぱりいろいろ考える。……相手は実の兄貴だし」


もともと低かったトーンをもっと落として、そうこぼしたその表情は、いままでに見たどんなそれとも違って見えた気がした。


誰にも言えないまま胸にしまってきた、

それはこの男にとって、たしかな初恋だったのかもしれない。

< 154 / 306 >

この作品をシェア

pagetop