フキゲン・ハートビート
その右手で持て余している透明のプラスチックを、ただぼんやり眺めている寛人くんを、あたしも同じように見つめた。
まつ毛が長い。
鼻筋は通っているし、顎は細くとがっている。
横顔も、思わず息をのむほどに、本当にきれいで。
「……結婚、そんなにうれしくないの?」
ちらりとコッチを向いた茶色い瞳と目が合う。
でもそれはすぐに逸らされて、あたしだけが置いてけぼりになってしまった。
「べつに」
「ふうん……」
また、沈黙。
「……中学のころ、一瞬だけさ」
この重たい空気を押し上げるように、ふいに寛人くんが低い声を出した。
「みちるさんのことが好きだった。……と、思う」
……え?
「え!?」
「うるせーな。いきなりデケェ声出すなよ」
いや。
だって。
だってだって。
あんたがとんでもねーコト言ったんでしょうが!
「まあ、そのころおれ14だったし、いま考えるとべつに“恋”でもなんでもなかったんじゃねーのかって思ってるけど。いろいろ悩んでたときだったし、あの人の自由な生き方に惹かれて、なんとなく好きになったような気になってただけで」
「そう……なんだ……」
声をかけづらいとか、なんか、もうそういう次元じゃないのだが。
なんと言えばいいのかわからない。
ていうか、いましゃべってる男が本当に半田寛人なのかも、もはや確信が持てていない。
「でも、いざその人が結婚するんだなって思うと、やっぱりいろいろ考える。……相手は実の兄貴だし」
もともと低かったトーンをもっと落として、そうこぼしたその表情は、いままでに見たどんなそれとも違って見えた気がした。
誰にも言えないまま胸にしまってきた、
それはこの男にとって、たしかな初恋だったのかもしれない。