フキゲン・ハートビート
「あいつは、欲しいもの全部手に入れて生きてると思う」
ひとりごとみたいにそう言うと、寛人くんは間を置くようにひとつ息を吐いて、
「ビールおかわり」
と立ち上がった。
「蒼依は?」
「……うん、あたしも。リンゴジュース」
「やっぱりジュースなのかよ」
ふわりと笑い、そのまま背を向けてしまった彼に置いていかれないよう、あたしもあわてて腰を上げた。
「……結婚、めでたいと思ってるよ」
ふわふわ揺れている、そのつややかな黒髪の向こうから、静かな声だけが風に運ばれてやってくる。
「幸せになってほしいと、思ってるよ。血のつながった兄貴と、あいつが選んだ相手だから」
なぜかあたしが泣きそうになった。
そして、やっぱりきょうだいの結婚ってトクベツなんだろうなと思った。
「ねえ。それさ、いつか寛人くんが誰かと結婚するとき、アキ先輩も同じように思ってくれると思う」
はじかれるように、線の細い体が振り返る。
「そうだな」
ただそう言って、優しくすぼまったそのつり目を、やっぱりあたしはいとおしいと、そう思わずにはいられなかったのだ。