フキゲン・ハートビート


静かな時間が続いた。

テレビとか、音楽とか、つけないのかな。

静かすぎて耳がツンとする。


響いているのはトントンとショウガを刻む音だけ。

その規則的な音の合間に、ふと、ゼェという苦しそうな吐息が聞こえた。


「……え?」


思わず手を止める。


ゼェ、ゼェ。

……うん、やっぱり聞こえる。


ちょっと、ウソでしょ、なんてこった!


「寛人くん、熱計ろう!?」


言いながら、なおもソファに横たわっている彼のもとへ向かった。


苦しそうな吐息はやっぱりこの男ものだった。

胸が上下に大きく動いている。


「いいよ、うぜー……」

「よくないよ! ちょっとオデコ貸して!」


強引に触れたその額は、すでに火傷してしまうんじゃないかというほどに、熱くて。


「ちょっと、これぜったい熱あるよ! どうしよう、病院……もう閉まってるよね。夜間病院、どこか近くにないかな……」

「いいから。たいしたことねーし、寝てたら治る」

「治るわけないでしょ! 風邪もこじらせたらこわいんだよ。あんたプロのミュージシャンでしょ。いろいろスケジュールとかあるんじゃないの?」

「あー、うるせえ……」

「うるさくていいから! とにかく熱を! 計れ!」


ごろりと、あたしに背を向けるように寝がえりをうった寛人くんは、か細い声でダメ押しのウゼェをつぶやいた。

それでもその右腕はゆるゆると伸びていき、やがてソファの隣にあった棚のなかから器用に体温計を取りだす。


「あー頭いてー……」


わかるよ。
熱が出ると頭が少し揺れるだけでも死ぬほど痛いの。スッゴイつらいんだ。

< 161 / 306 >

この作品をシェア

pagetop