フキゲン・ハートビート
しばらく見つめあったまま、おかしな沈黙が流れた。
べつにどきどきしたりはしない。
それよりも、カーテンの隙間から差しこむ白い光が、陶器のような肌を照らしているのを、あたしはただ不思議な気持ちで眺めていた。
「……なあ」
芸術作品のようなくちびるが小さな風を生む。
低くて艶っぽい声だった。
そこでやっと、はじめて、なんだかどきどきした。
それなのに、返事のかわりに、ぐう、という場違いでまぬけな音を出してしまったのは、あたしの胃袋。
「……デケェ音だな」
「だ……だって! きのうの夜からなんにも食べてないし!」
「なんか食えよ。きのうメシつくってただろ、アレ食えば」
寛人くんがあきれたように言う。
ていうか、もとはといえばあんたの看病のせいで夕食抜きになったんだからね。
このグウにはあんたの責任もあるんだからね。
と、言うのはぐっとこらえた。
病人には優しくしなければ。
「寛人くんはごはん食べられそう? もし元気ならいっしょに朝ごはん食べようよ」
朝ごはんというか、どちらかというとブランチの時間に近そうだけど。
「うん。食う」
特に考える様子もなく、小さな顔が縦に一度動いた。
「じゃあ用意するから、熱計って待ってて。風邪は治りかけが肝心、言っとくけどきょうも絶対安静だからね」
「……朝からうるせー」
「あんたはウルセェしか言えんのか」
とたん、するりと指がほどけた。
あんなに強く握っていたのが嘘みたいに、一瞬で。
指先に感じていた熱はすぐに消えて、
じんとした痺れだけが、そこに残った。