フキゲン・ハートビート


大和は不思議な男だ。

はじめて会ったときから、いまこの瞬間まで、掴みきれない男だ。


「なあ、ごめんな。俺さ、蒼依のことすげー傷つけたよな。ごめんな」


カゴにお酒をポイポイ入れている途中、隣のデカイ男がそれを優しく奪い、突然そんなことを言った。

驚いた。
もう少しで持っている瓶を落とすところだった。


というか、この男、なぜスーパーまでついてきているのか。


「……いまさら、謝られてもね」

「うん。でも、ちゃんとゴメンって言いたくて」


年上で、余裕のある、大人びたところに、はじめは惹かれた。


でもたまに、こういう子どもっぽい顔を見せる。

それに幾度もきゅんとしたなあ、なんて、バカなことまで思い出してしまったじゃないか。


「……あんたってずるいよ」


言いながら、最後のお酒をカゴに放り入れる。


大和はなにも言わなかった。

ただレジに向かうあたしのうしろを、長い脚でじれったそうについてくるだけだ。


あのころ、喧嘩して、あたしが泣いて、大和が怒鳴って、そのあとはいつも決まって、ばつが悪そうにそうやってうしろをついてきていたっけ。

それで、小さい声で言うんだ。


蒼依、って。


「……蒼依」


ほらね。

あたしはこいつのことを、嫌になるくらいよく知っている。


「どうせ彼女さんとなんかあったんでしょ? 話くらいなら聞いたげるから、ソレ、全部おごってよ」


そう、結局あたしは2番手。

本命とうまくいっていないときだけ必要になる、噛ませ犬。

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