フキゲン・ハートビート


どうして、別れてしまったのだろう。


ユカっぺが、ふったのかな。

それとも寛人くんかな。


ふたりはどれくらいの期間をいっしょにいて、どういうふうな付き合いをしていたんだろう。


でも、なんだかそんなことを気にしているなんて絶対に知られたくなくて、俊明さんにはなにも聞けなかった。


シルバーのトレーをぎゅっと持ちなおす。


「あの、そろそろあたし、仕事戻りますね。アルバム楽しみにしてます!」

「ありがとう。長々と引き止めちゃってごめんね」


俊明さんが眉を下げてやわらかく微笑んだ。


「そうだ、蒼依ちゃん」


そして、そっと袖を掴むみたいに、あたしの名を呼んだ。

この声に、しゃべり方に、陥落させられてきた女子なんて星の数ほどいるのだろうと、思わず場違いにどぎまぎしてしまった。


「アルバム、もし聴いてくれるなら、ヒロに貰うといいんじゃないかな」


細々とバイトをして食いつないでいる大学生に対する、金銭的な提案だとも受け取れる。

マキシシングルと違って、アルバムってけっこう値段が張る。
軽く3000円、4000円。


でも、たぶん、俊明さんはそういう意味で言ったんじゃないんだと思う。


「……はい。お願いしてみます」


素直にポコンとくれるだろうか。

あの男は、そういうの、スゴイ嫌がりそうだけど。


それに、CD欲しい、とか。

そもそも照れくさくて、あたしのほうが言えないかもしれない。


だって、あたしはいままで、“ミュージシャン”という仕事にはいっさい見向きもしないで、あいつと接してきたのだ。

それに関わる話をするのって、なんだかちょっと、特別なことみたいに思える。




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