フキゲン・ハートビート
  ⋮
  ☔︎


目の前でぐつぐつ煮える鍋は、灼熱でも天国のよう。


野菜たっぷりの寄せ鍋。

野菜が安かったのと、きょうはちょっと肌寒かったので、このメニューにした。


「いっただきまーす!」


そういえば今シーズンはじめてのお鍋。

やっぱりなんだかお鍋って特別な感じがして、わくわくしてしまう。


お箸で鍋をつっつき、まずお肉を口へ運ぶと、白い湯気のむこう側にぼんやりと細い男が見えた。

おや、箸が動いていないようですが。


「食べないの?」

「いや……食うけど」

「早く食べなよ。あたし早食いの大食いだから、ボケっとしてるうちになくなっちゃうよ」

「どんだけ食うつもりだよ」


自分で言うのもなんだけど、あたしの胃袋はわりかしブラックホールだと思う。

けっこうまじめに、際限なく入ると思っている。


「……あ。もしかして、鍋とかダメなタイプだった?」


たまにいるじゃない? そういうケッペキのやつが。


「みんなで同じ鍋つっつくとか無理~、みたいな」


基本的に、夕食のメニューを決めるときは、なにを食べたいか、寛人くんにあらかじめ聞いている。

いっしょにスーパーへ行き、食材を選びながらふたりでグダグダと相談することもある。

明確な提案をもらえるときもあるし、ないときもある。


きょうは、ない日だった。

だから勝手にあたしが寄せ鍋に決めてしまったのだけど、もしかしたら、この神経質野郎には、お気に召さなかったのかもしれない。

< 224 / 306 >

この作品をシェア

pagetop