フキゲン・ハートビート


やはりこの男、“あれ”を、なんでもないことだと思っているのだろうか。

涼しい顔でアツアツの白菜を口へ運ぶ寛人くんはいつもの無表情を崩そうともしない。


そしてキミは、とてもネコ顔なのに、まったくネコ舌ではないんだな。


なんだろうな。


寛人くんは、ペースはゆっくりだけど、とてもキレイに食べるよね。

男の子のくせにひと口が小さくて、どこか奥ゆかしいね。

箸の持ち方も完璧に正しくて、美しいね。


そして、その指先で、くちびるで、舌で、あの夜、あたしに触れたんだよね。

……って、


「わあ!!」


いったいなにを考えているのだあたしは。

こんなのまるでエロイ人みたいじゃないか……!


「び……っくりした。なに、どうしたんだよ」

「なんでもござらん!」

「は? ござらんってなんだよ」


ござらん

わけがないのは、あたしだけでしょうか?


正直、勢いだったと思う。

頭がぼうっとして、心が崩壊して、いろんな判断機能が、かなり鈍っていたと思う。


あたしがあまりにも大泣きしたから、こいつは、究極の方法で慰めてくれただけ。

そう言ってしまえば、たぶんそうなのだろうとも思う。


でも、それだけじゃなかった。

少なくともあたしにとって、“あれ”にはなにか、特別な意味があった。


なにかって……聞かれても、ハッキリわからないけど。


それでも、あったんだ。
なにか、特別なものが。

思い出してワアとか言ってしまうくらいには、なんでもないことでは、なかったんだ。

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