フキゲン・ハートビート
「ていうか、トシさんと仲いいよな」
泡だらけの鍋をぬるま湯でゆすいでいるとき、唐突にそんなことを言われたから、思わず重たいそれをシンクのシルバーに落としそうになった。
すんでのところで指先に力を入れ、踏みとどまる。
「……え、あたしが?」
「ほかに誰がいるんだよ。夏前の飲み会に誘ったのも、トシさんだったんだろ」
「ああ、まあ、それはそうだったけど……」
仲が良いのかと聞かれたらビミョーだ。
たしかにあたしは俊明さんのことを、優しくて、かっこよくて、完璧な、なごみ系のお兄さんだと、一方的に思っているけれど。
たぶん俊明さんのほうも、あたしに対してものすごい悪い印象を持っているわけでもないはずだ。
お店にだってたまに顔を出してくれるし、そのときはいつも楽しくお話してくれるし……。
「俊明さんがどうしたの? なにか言われた?」
たとえば、あたしがユカっぺと寛人くんとのことを聞いたとか、そういう情報が筒抜けになったりは、していないですよね。
「べつに」
「なんだよう」
口をとがらせ、ふいっと顔を背けた寛人くんの腕を肘でつつく。
やっぱり見た目よりもうんとたくましい、かたい腕にこんなふうにでも触れたのは、あの夜以来だということを、瞬間的に思い出してしまった。
ああ、やだな。
さっきからなにを考えているんだろう、あたし。