フキゲン・ハートビート
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  ☔︎


ずっと、大きくて黒いドアを見つめている。


べつに、たいしたことがあったわけじゃない。

手が触れて、反射的に逃げてしまっただけ。


それでも、それにしても、どうにも気まずかった。

最後まで寛人くんはなにも言わなかったけど、それがまたキツかった。


なんなら、もっとわかりやすく不機嫌になったり、怒ってくれたりしたほうがよかったのに。

なんだよ、ってな感じに、いつもの調子で、文句を言ってくれたほうがよかったのに。


それともあいつは本当に、なにも気にしていないのかもしれないけど……。



「――はぁい?」


インターホンを押すと、いつもだいたい寛人くんは家にいて、ちゃんと出迎えてくれる。

ハイ、と気だるそうに言いながら、たまに気分が乗らないときはそれすら言わずに、重たいドアをゆっくり開けてくれる。


例外的にいないときもあるけど、そういう日は前もって『きょうはいない』だの『遅くなる』だのと連絡があるから、最近はもうあたしから事前のメールをすることはほとんどなくなった。

の、だけど。


「……えっ?」

「え?」


なぜか、きょうみたいな日にかぎって、出迎えてくれたのはあのネコ顔でなく。


完璧にかわいい、アイドルフェイス。

それが、あたしの姿を確認するなりウワッといったふうにゆがむと、突然コワイ顔に変わったのだった。


「マッ……間違えました……」


なぜ、ユカっぺがここにいる!

なぜ、さも当たり前のように応対する!


まわれ右をしたのは条件反射。

本当はダッシュで逃げたかったけど、恐怖とか気まずさとか、いろいろなものが混ざってしまったせいで、うまいこと足が動いてくれない。

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