フキゲン・ハートビート
「最初のうちは死ぬほどウザがられてたんだけどね! でもヒロちゃん、なんだかんだ優しいから、ユカが仕事のことで悩んだり、泣いたりするといっしょにいてくれて。いつのまにかユカ、ヒロちゃんのこと大好きになってて、それで……つきあうことになって」
「うん……、そうなんだね」
「ふったのはね、実は、ユカのほうなんだ」
マジかよ、
と言いそうになったのをぐっとこらえた。
ユカっぺがどこか傷ついたように笑っていたから、下手なことは言えないと思った。
「お仕事が順調になってきて……恋愛なんかしてらんないって思っちゃって、別れよって、勢いでね。ヒロちゃんはぜんぜんフツウに『わかった』って言った。さみしそうでも、怒ってるふうでも、せいせいしてる感じでもなく、本当になんでもなさそうで」
それがすごくさみしかった、
と、長いまつ毛が瞳に影をつくる。
「……つきあってるときから、ユカはヒロちゃんの“好きな子”じゃなかったのかなあ」
そうかもしれないね、とも、そんなことないよ、とも、言えなかった。
無責任なことはあまり口にしたくない。
とても、むずかしい問題だと思う。
他人の心はどうしたって覗きこめないから。
人は、多かれ少なかれ嘘をつくから。
自分が傷つかないように、誰かを傷つけないように、努力してしまうから。