フキゲン・ハートビート
曖昧に首をかしげるしかないあたしに、ユカっぺはそれでも笑った。
「ユカね、ヒロちゃんの“好きな子”になれるなら、アイドルやめてもいいって思ってる」
甘ったるいけど、真剣な声。
なんだか身震いしたい気持ちになってしまった。
「でもこんなこと言ったらきっとますますヒロちゃんに嫌われるから、お仕事がんばるんだけどね!」
「うん……そうだね。ユカっぺが引退しちゃったらあたしもさみしいかも」
「えー! ほんとに言ってくれてる?」
「うん、ほんとに。だからもし、あいつとヨリ戻すことになっても、アイドル活動だけはやめないでね」
冗談めかして言ったけど、わりと、まじめに。
毎日テレビに出ている顔が急に消えてしまうとなると、けっこうさみしいものがあるよ。
ユカっぺは本当にうれしそうにしてくれて、あたしはなんだか、胸が痛い。
「……ねえ、もう少しであいつ帰ってくるよね? あたし、もう帰るよ」
半田寛人とは会わないと、そういえばさっき約束したばかりだ。
立ち上がったあたしを大きなふたつの瞳が追いかけてくる。
ふと、足元にあるビニール袋がガサと音を立てた。
ああ、そうだ、忘れていた。
そもそもきょうはゴハンつくりに来たんだっけ。
「これ、食材……夕食つくろうと思って持ってきたんだけど、渡しておくね。使ってくれてもいいし、冷蔵庫に入る量だと思うから保存しといてくれてもいいし」
それからコーヒーごちそうさま、
と、付けくわえた。