フキゲン・ハートビート
普段ドアスコープは覗かない。
仮にも女子のひとり暮らしなので直さないといけないとは思っているけど、どうにも面倒くさくて。
それに、これまでにおかしなやつなんか、一度も来たことがないし。
でもきょうはなんとなく、本当になんとなく、覗いたのだった。
寛人くんのことを考えていたから、ちょっとした予感みたいなもの、第六感みたいなそれが、働いたのかもしれない。
そんなスピリチュアルは見事ばっちり的中した。
ドアスコープのレンズのなかで、全身真っ黒の男がぬっと立っている。
表情は明確に見えなかったけど、やっぱりきょうも決して機嫌がよくなさそうだ。
どうしよう。
どうしよう。
すごく、うれしい。
そう思っていることも、どうしよう。
息を押し殺したまま、その場にずるりとしゃがみこんだ。
とても立っていられなかった。
ああ、本当にどうしよう?
もしかしたらドアを開けるべきなのかもしれない。
いたってふつうに、べつになんでもないってふうに、どうしたの?といった具合に、声をかけるべきなのかもしれない。
でも、どんな顔して会えばいいのかわからないし。
でも、せっかく来てくれたんだし。
でも、ユカっぺに会わないって約束したし。
でも、居留守はサイテーだし。
でも、そもそも顔を合わせる勇気なんかないし。
でも、
でも、
でも……。