フキゲン・ハートビート
大きなため息が、あたしたちを隔てている鉄のかたまり越しに、聞こえた。
「……べつにいいけど」
よくないよ。
よくないって言えよ。
でも、ベツニイイ、でいい。
いいんだ。
それが正解だ。
だって、いま『よくない』と言われたとしても、どうしたらいいのかわからない。
「CDいるんだろ。ポスト入れとくから」
そう言われたのとほぼ同時くらい。
コツ、という音が聞こえた。
寛人くんのお洒落なローファーが、マンションの硬くて冷たい廊下を蹴った音。
コツ、コツ、コツ。
音はどんどん遠ざかっていく。
遠ざかって、いってしまう。
寛人くんが、行ってしまう。
せっかく会いに来てくれたのに。
わざわざ約束のCDを持ってきてくれたのに。
なにも言わずに無視したまま、ゴメンもアリガトウも言えないまま、もう会えないのかな。
ずっと、会えないのかな。
そう思うと恐ろしくてたまらなくなってしまった。
これが最後なんて嫌だ。
絶対に嫌だ。
なにもかも、最低すぎる。