フキゲン・ハートビート


「……ああ、やっぱりなんかあったよな?」


おもしろがってるふうだったけど、アキ先輩はどこか真剣な口ぶりだった。


「ま、なんとなーく、なにがあったかは察しがつくけど」

「察しって……」

「寛人とユカが盛大に揉めてたっぽいからな」


まるでそんなのはなんでもないことかのように、アキ先輩がケロっと言う。


「ユカがギャン泣きしてたって、風の噂で」

そう俊明さんが笑うと、

「でもそんなのヒロはガン無視じゃん」

と、洸介先輩がつけ足した。


「いやあ、マジで、圧倒的冷酷さに我が弟ながら思わずゾッとしてるよ、オレは」


どうして笑い飛ばしていらっしゃるのだ!

というか、どうしてみなさん、そんな一大事をフツウのことのようにおっしゃるのだ!


いったいなにがあったんだろう。
どうしてユカっぺは泣いたんだろう。

まあ、あたしには、やっぱり“関係ない”ことなんだろうけどさ……。


「つーか、まずいっこだけ確認させてくんね?」


箸を置いて、アキ先輩がまっすぐこっちに視線を向けた。


寛人くんとよく似た顔。
つり目で、鼻はすっと細く、くちびるが薄い。

この人も本当に、それはもうつくりもののように、美しい造形をしている。


「正直なところ、蒼依ちゃんは寛人のことどう思ってんの?」


はっとした。

そして、きっと嘘はつけないと、瞬間的に思った。


アキ先輩、洸介先輩、俊明さん。

3人の顔をぐるっと見まわしたあとで、テーブルの下でぎゅっとこぶしを握る。


とてもじゃないけど、この人たちのこと、その場しのぎに取り繕った言葉なんかでは、絶対に騙せない。

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