フキゲン・ハートビート
「――ヒロトくんっ」
いきなり、3つくらい重なって聞こえてきた、黄色い声。
それで、はっとした。
寛人くんもはっとしたように目を見開いていた。
いつのまにか、キレイに着飾った女の子たちが彼のまわりを囲うようにしている。
それに気づいたとたん、もともと不機嫌そうな顔が、明らかに表情を崩したのだった。
「ねえ、久しぶりだね! 元気だった?」
「お仕事大変でしょう?」
「新しいアルバム聴いたよ~」
弾丸のように浴びせられる言葉に、寛人くんは答えるそぶりすら見せない。
ただあからさまに迷惑そうに首を振り、彼女らのことを完全に無視したまま、人混みのなか、どこかへ消えてしまった。
あたしの存在を認識したうえで、あえて彼は、こちらへは来なかった。
ああ、きっと、
――それが答えだ。
シャンパングラスをぎゅっと握りしめる。
おいしいお酒、きっと良いお酒なのだろうけど、味わう気などもうすっかり消え去ってしまった。