フキゲン・ハートビート
「――蒼依っ」
ぐい、と。
いきなり、おもいきり右の手首を引っぱられる。
あたしも勢いよく前進していたから、思わずよろけて、うしろへバランスを崩した。
その先には、きれいな、でも、もんのすごい怒った顔があった。
「また、逃げるのかよ」
「あ……」
「おまえは、なんなんだよ。いったいなんなんだよ……」
体の力が抜ける。
ぺたりと座りこむと、追いかけてくるように、彼もその場にしゃがみ込んだ。
そして、目の上でさらさらと揺れる、切りそろえられた前髪を、乱暴にぐしゃっとしたのだった。
「……死ぬほど、悩んだんだからな」
しぼり出すような、とても、苦しい声。
「あのとき、おまえがボロボロに傷ついてることわかってて、気持ちの確認もしてないのに寝たりして……もっと傷つけたんじゃないかとか。様子がおかしいのはそのせいなんじゃないかとか。もしかしたら嫌われたんじゃないか……とか」
いつものしれっとしたしゃべり方じゃない。
寛人くんは、ひとつずつをためらいながら、それでも黙っていられないってふうに、いっきに言った。
オレンジの街灯に照らされている、陶器のような肌をじっと見つめる。
やがて、ふたつのアーモンド形の目が突然こっちを向き、ゆっくりと視線は絡んだ。