フキゲン・ハートビート


そこから全部、スローモーション。



ゴツゴツした指先が、ためらいながら伸びてくる。

そうして、あたしの頬を、遠慮がちにそっと触る。


徐々に近づいてくる美しい顔に目を閉じると、

くちびるに、あの夜と同じ温度を感じた。



オレンジの光のなか、あまりにロマンチックすぎて、いつのまにか涙なんかは止まっていた。


なんだよ、これ。

ドラマかよ。

恥ずかしいよ。



それでも目を開けると、通常スピードに戻った世界の真ん中で、寛人くんは最高に不機嫌な顔をしているのだった。

ビクッとしてしまう。


いま、もんのすごい優しいキスをくれた男と、この、もんのすごい不機嫌な顔をした男が、同一人物だとはとても思えません。


「……寛人くん。怒って、ます、よね……」

「うん。すげえ怒ってる」

「ひっ……」


怒った顔をさせると世界一だから困る。


「もう二度と、『自分なんか』とか言うなよ」

「ハイ……」

「あと、無駄に謝ったりするな」

「ハイ」

「言いたいことはきちんと全部言え」

「……ハイ」


本当に厳しいことを言う。

でも、その言葉の裏側にある優しいものを、あたしはもう知っている。


「おまえは、宇宙一いい女に決まってるだろ。おれを惚れさせたんだから」


ウッ、って。
心臓にくるようなことを急に言わないでよ。

怒ったと思ったら、突然デレてみたり、こっちが追いつかない。


ぜんぜん、追いつかないよ……。

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